複数の事業所に雇用されることになった時の手続きについて

Noppo社労士事務所のWatabeです。

働く人々がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選択できる社会を目指そう!と政府が掲げた「働き方改革」。コロナ禍によってテレワークやフレックス制などの導入が一気に進んだことにより、働き方の多様化を実感した人は少なくないのではないでしょうか。私もそのうちの一人です。

働き方改革を推し進める政府は「副業・兼業」についても推奨してきましたが、働き方が多様化し副業・兼業を現実的なものとしてイメージできる人が増えたことにより、副業・兼業に対するハードルは下がったように思います。さらに、昨今の物価上昇や残業を減らそうという社会的な動きから、収入を確保する手段としても労働者の関心は高まっていると言えます。いまだ副業・兼業を禁止している企業は少なくないのが現状ではありますが、今後一層「副業・兼業人口」が増加していくことは間違いありません。

では、自社の社員が複数の事業所に雇用されることになった時、どんな手続きが必要になるかご存知ですか?

副業などで複数の事業所で雇用され、いずれの会社でも社会保険の加入要件を満たすときは、それぞれの会社で社会保険の資格を取得することになります。
この状態を「二以上事業所勤務」と言い、健康保険・厚生年金保険の特別な手続きが必要です。

今回は「二以上事業所勤務」についてご説明いたします。

二以上事業所勤務者に該当したときは

のっぽ太郎さんを例に…

新宿区にあるA社で正社員として働くのっぽ太郎さん。A社は協会けんぽ(東京支部)に加入していて、のっぽ太郎さんは子を被扶養者にしています。
令和6年5月1日から、所沢市にあるB社の役員に就任することになりました。非常勤役員ではなく、経営に多くかかわる立場で役員報酬も支給されるため、B社でも社会保険の加入要件を満たします。B社は協会けんぽ(埼玉支部)に加入しています。

のっぽ太郎さんは、どんな手続きが必要になるでしょうか?

選択事業と非選択事業を決める

被保険者が同時に複数(2か所以上)の適用事業所に使用されることとなった場合、被保険者の届出により、主たる事業所を選択して管轄する年金事務所または保険者等を決定します。

複数の事業所で社会保険の加入要件を満たした場合、それぞれの会社で社会保険に加入することになるのですが、健康保険の保険者や管轄年金事務所を決めるために、主たる事業所を選ぶ必要があるという意味です。主たる事業所を「選択事業所」と呼び、主たる事業所として選択しなかった事業所を「非選択事業所」と言います。

主たる事業所は、被保険者が選択することができますので、「報酬が多い」や「勤務時間が長い」などの理由で主たる事業所を選ぶ必要はありません。どの事業所を主とするかは被保険者が自由に選択できます

二以上勤務者の届出

のっぽ太郎さんは、A社を選択事業所にすることにしました。A社は新宿区の会社ですので、新宿年金事務所に「健康保険・厚生年金保険 二以上事業所勤務届」を提出します。

「健康保険・厚生年金保険 二以上事業所勤務届」は事業所を通す必要はなく、被保険者が提出します。本人が提出する書類とはいえ、制度が複雑で個人が対応するのは難しい部分もあります。また、申請の内容は会社としても把握が必要な情報になりますので、提出を希望する社員がいる場合は、会社としてサポートをするのが親切だと思います。
また、労働者側も個人で提出した場合であっても、会社に二以上事業所勤務者に該当した旨を報告しましょう。

のっぽ太郎さんは、A社でもともと資格取得をしていますので、会社に二以上事業所勤務者に該当した旨を報告のうえ、二以上事業所勤務届を新宿年金事務所に提出します。
B社では、のっぽ太郎さんの「資格取得届」を所沢年金事務所へ提出する必要があります。

二以上事業所勤務者の健康保険証

二以上事業所勤務者には選択事業所で加入する健康保険が適用されますので、保険証も選択事業所とした会社から発行されたものを使用します。

のっぽ太郎さんはもともとA社で健康保険に加入していたため、すでにA社の保険証を持っていますが、二以上事業所勤務者に該当すると「被保険者整理番号」が変わります。従前の保険証(のっぽ太郎さん分・被扶養者分)は返却しなければなりません。

~B社を選択事業所にした場合の手続き~

のっぽ太郎さんは子を被扶養者としていますので、B社を選択事業所にした場合は「B社で扶養異動届の申請」が必要です。B社で発行される保険証を使用するため、今まで使用していたA社の保険証(のっぽ太郎さん&子の分)は返却しなければなりません。※A社での資格喪失・扶養異動届の届出は不要です。
B社を選択事業所としたR06.05.01以降、A社の保険証は使用できません。B社の保険証が発行される間に誤ってA社の保険証を使用してしまった場合、療養費の精算が必要になる可能性があるので誤使用にはご注意ください。

二以上事業所勤務者に該当するといずれの事業所を選択事業とした場合であっても、該当以前に使っていた保険証を使い続けることは出来ません
もともと被保険者だった会社(のっぽ太郎さんの例で言うとA社)を選択事業とした場合、保険証は被保険者整理番号のみの変更(保険証の差替え)だけなので、新しい保険証が発行されるまで従前の保険証を使える(新しい整理番号の保険証が到着してから従前の保険証を返却する)、というケースもあるようです。

新たに資格取得する会社(のっぽ太郎さんの例で言うとB社)を選択事業とした場合は、資格取得自体に時間がかかる=保険証が手元にない時間が長くなることが予想されますので、持病がある方や小さいお子さんがいる場合は、その点も考慮して選択事業所を検討してください。

のっぽ太郎さんの例ではA社もB社も協会けんぽに加入していたため、発生する手続きはすべて「管轄の年金事務センター」宛に届け出ます。
しかし、どちらかの会社が健康保険組合に加入している場合は、健康保険の手続きは「健康保険組合」に、厚生年金の手続きは「年金事務センター」に届け出なければなりません。また、健康保険組合を選択事業にするのか、しないのかによっても必要な手続きが異なってきますので、保険者に詳細の確認を取りながら手続きを進める必要があります。

保険料の決定

二以上事業所勤務者の保険料は、それぞれの事業所で受ける報酬月額に基づき按分し決定します。
と聞いても、イメージしにくいと思うので、具体的に説明します。

従業員が二以上事業所勤務者に該当すると、各社に下記のような通知書が送られてきます。
これは、のっぽ太郎さんが二以上事業所勤務届を提出した後、選択事業のA社に送られてきた決定通知書です。

では、実際に各社で徴収する保険料を計算してみましょう。

健康保険料の計算方法

健康保険の料率は「選択事業所の保険者」の料率が適用されます。

A社を選択事業としたのっぽ太郎さんの場合「協会けんぽ東京支部の料率」が適用されるということになります。

のっぽ太郎さんがA社・B社から支給される金額&二以上事業所勤務者に該当した日(R06.05.01)に各社で適用されている健康保険料率

A社(資格取得日H27.04.01):月額26万円
協会けんぽ東京 R06.03月~料率9.98%→本人負担分4.99%

B社(資格取得日R06.05.01):月額30万円
協会けんぽ埼玉 R06.03月~料率9.78%→本人負担分4.89%

先ほどの決定通知書でも健康保険料の料率(決定通知書の緑色部分)は「9.98(協会けんぽ東京の料率)」になっていることが分かります。

①それぞれの会社から支給されている金額を合算して標準報酬月額が決定されます。

→A社の支給額(26万円)とB社の支給額を(30万円)合算=56万円 
 決定通知書の青色部分を確認してください。
 のっぽ太郎さんの標準報酬月額は560千円になります。

②標準報酬月額に保険料率を乗じて、保険料を算出します。
保険料率は選択事業が加入する保険者の料率で計算しますので、A社の料率(協会けんぽ東京支部9.98%)が適用されます。
560千円×9.98%=55,888円

➂算出した保険料を、それぞれの会社の支給額に応じて按分します。

A社 55,888円×26万円/56万円=25,947.9(決定通知書の赤色部分)≒25,948円 
→労使折半するので、のっぽ太郎さんから徴収する金額は12,974円

B社 55,888円×30万円/56万円=29,939.9≒29,940円 
→労使折半するので、のっぽ太郎さんから徴収する金額は14,970円
※B社は協会けんぽ埼玉支部に加入していますが、徴収・納付する健康保険料は「A社で適用されている保険料率(協会けんぽ東京支部の料率)」を使って計算します。


ここまで保険料の計算方法を詳しくお伝えしましたが、決定通知書の右下にある「保険料額のお知らせ」を見て分かる通り、決定通知書は①②③が計算された状態で届きます。
そのため「保険料額」に記載の金額(赤色部分)を労使折半すれば徴収額が算出できるようになっていますので、ご安心ください。

また、のっぽ太郎さんは40歳未満なので介護保険料の計算がありませんが、40歳以上~65歳未満の方については、健康保険料と併せて介護保険料の徴収がありますので、ご留意ください。
※介護保険料の徴収が必要な方の場合、決定通知書の「健康保険料」の欄は【介護保険料が含まれた金額】が記載されます。
そのため、介護保険料のみの計算が必要な場合は「上記健康保険料に含まれる介護保険料(決定通知書の黄色部分)」から介護保険料を算出する必要があります。

厚生年金保険料の計算方法

二以上事業所勤務者に該当した時点(のっぽ太郎さんの例だとR06.05.01時点)での料率を使って保険料を算出します。
計算方法は、前述の①は同じ、➁は健康保険料の計算で使った式に厚生年金保険料率を当てはめ、算出した保険料をそれぞれの会社の支給額に応じて按分します。

のっぽ太郎さんの標準報酬月額は560千円
→適用する厚生年金保険料率は18.3%です。

560千円×18.3%=102,480円

A社 102,480円×26万円/56万円=47,579.9(決定通知書の赤色部分)≒47,578円
→労使折半するので、のっぽ太郎さんから徴収する金額は23,790円

B社 102,480円×30万円/56万円=54,900円 
→労使折半するので、のっぽ太郎さんから徴収する金額は27,450円

給与ソフトを使用している場合、単純に標準報酬月額を入力しただけでは、按分された金額は算出されません。二以上事業所勤務者用の設定がある場合や、算出した保険料を手入力しなければならないケースもありますので、二以上事業所勤務者が出た場合は給与ソフトの設定も注意が必要です。

また、労働者からは徴収しませんが、事業主が納付する「子供子育て拠出金」についても、それぞれの会社の支給額に応じて按分し納付額が決まります。計算方法は健康保険料や厚生年金保険料と同様です。

二以上事業所勤務者 該当時以外の手続きについて

算定基礎届・月額変更届・賞与支払届はA社・B社がそれぞれ「自社の管轄年金事務所」に提出します。

算定基礎届

毎年7月10日までに、その年の9月~翌年8月分までの保険料を決定する手続きを算定基礎届と言います。

二以上事業所勤務者は、年金事務所から他の労働者と別に申請書類が届きます。「自社で支給している金額」のみを所定の様式に記載して申請します。
届出先は二以上事業所勤務者専用の窓口になりますので、ご留意くださいませ。

標準報酬月額はA社・B社の支給額を合算して決定し、保険料の計算は前述の計算方法で行われます。

月額変更届

被保険者の報酬が、昇降給等の固定的賃金の変動に伴って大幅に変わった(従前の標準報酬月額と比べて2等級以上変動する)時は、標準報酬月額を改定する手続きを行います。これを随時改定と言いますが、「標準報酬月額変更届」を提出することから【月変】と呼ばれます。

二以上事業所勤務者の月変は、A社・B社の賃金を合算した合計額で月変に該当するのか判断するのではなく「自社の賃金のみで月変に該当するか」で判断します。

のっぽ太郎さんを例にみていきましょう。

令和6年10月支給分からA社で固定的賃金の変動があった場合(B社の役員報酬は変更なし)。

A社 26万円(標準報酬月額260千円)から30万円(標準報酬月額300千円)に変更 
→2等級以上の差があるので令和7年1月に月額変更届を提出(1月変)します。


B社 30万円(行順報酬月額300千円)から変更無し 
→月変なし
 

では、のっぽ太郎さんの保険料はどのように変わるでしょうか?

A社の支給額(30万円)とB社の支給額を(30万円)合算=60万円 
のっぽ太郎さんの標準報酬月額は590千円に変更となります。

【健康保険料 協会けんぽ東京の料率 9.98%】
590千円×9.98%=58,882円×30万円/60万円29,441円
→労使折半するので、のっぽ太郎さんから徴収する金額は14,720円

【厚生年金保険料 料率18.3%】
590千円×18.3%=107,970円×30万円/60万円=53,985円
→労使折半するので、のっぽ太郎さんから徴収する金額は26,992円

※A社での昇給により、B社との支給額に差がなくなったので、2社とも徴収金額が同じになります。

A社でR07.1月変に該当していますので、1月分の保険料からA社・B社ともに上記金額での納付(徴収)となります。
B社は自社で月変の手続きがないにも関わらず、保険料の変更が発生しますので給与ソフト等の設定が漏れないよう注意が必要です。

自社で月額変更届を提出していないのに、保険料を変更するタイミングが分かるの!?と思った方もいるかと思いますが、いずれかの会社で月変に該当し保険料の変更がある場合は、月額変更届を提出していなくても「二以上事業所勤務被保険者の保険料額の変更について」という書類が届きます。それを見て自社の給与ソフト等を設定すれば大丈夫です。

賞与支払届

被保険者に対し賞与を支払った場合「賞与支払届」を届出ますが、二以上事業所勤務者の賞与は、前述の月変と同様に「賞与を支払った会社ごと」に提出します。

賞与の保険料は「同月内に他の会社でも賞与が支払われた場合」のみ按分して納付(徴収)が行われることになります。

令和6年12月にA社・B社ともに賞与の支払いがあった場合、のっぽ太郎さんの保険料は何円になるでしょうか?
※のっぽ太郎さんはB社の役員なので賞与が支給されないことが多いと思いますが、「もし支払われたら」という視点で読んで下さい。

A社の賞与支給額:50万円
B社の賞与支給額:30万円

A社・B社の支給額の合計は80万円(標準賞与額800千円)

【健康保険料】800千円×9.98%=79,840円

A社 健康保険料:79,840円×50万円/80万円=49,900円 
→労使折半するので、のっぽ太郎さんから徴収する金額は24,950円 

B社 健康保険料:79,840円×30万円/80万円=29,940円
→労使折半するので、のっぽ太郎さんから徴収する金額は14,970円

【厚生年金保険料】800千円×18.3%=146,400円

A社 厚生年金保険料:146,400円×50万円/80万円=91,500円 
→労使折半するので、のっぽ太郎さんから徴収する金額は45,750円

B社 厚生年金保険料:146,400円×30万円/80万円=54,900円 
→労使折半するので、のっぽ太郎さんから徴収する金額は27,450円


自社で賞与を支給する時点で、もう一方の会社で賞与が支払われるか?支払われるとしたら何円なのか?を知ることは難しいと思います。

そのため、いったん自社で支払う賞与額のみで保険料を計算・徴収し、二以上事業所勤務者用の標準賞与額決定通知書が届いてから調整を行う、という作業が必要になることもあります。
※二以上事業所勤務者の賞与は保険料を徴収せずに支給し、決定通知書発行後に確定した金額で徴収する、という対応をする企業もあるそうです。

最後に~社会保険の適用拡大の影響~

2024年10月より、社会保険の適用が拡大されます。

今までは短時間労働者の加入は常時101人以上を雇用する会社とされていましたが、この10月からは「常時51人以上」を雇用する会社も対象になります。

そのため、今までは所定労働時間の要件を満たさず社会保険に加入していなかった人が、週20時間以上の勤務であれば加入要件を満たすことになりますので、パートやアルバイトの方が被保険者に該当するケースが増えることは間違いありません。

今までは「二以上事業所勤務者」というと役員が二つ以上の会社から報酬をもらっているケースや、のっぽ太郎さんのように正社員の方が他の会社で役員に就任することで該当するケースが大多数だったように思いますが、掛け持ちでアルバイトをしている人のように「1社あたりの労働時間が短く、所定労働時間の要件を満たさないので社会保険に加入していなかった」という人が、2024年10月以降は複数の会社で社会保険に加入することになる=二以上事業所勤務に該当する、というケースが発生することが考えられます。

自社の従業員から二以上事業所勤務者の届出について問い合わせがあった際、今回の情報がお役に立てば幸いです。

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