交通事故が労災だったら?~事故発生の一報からの流れ③~

Noppo社労士事務所のWatabeです。

前回は、「治療費はどの保険に請求するのが良いか?」についてご説明しました。

被災労働者の過失割合が少なく、事故の相手が自賠責保険・任意保険にしっかりと加入していて、治療が短期間で終わりそうな場合は労災保険を使わずに事故の相手が加入する自賠責保険(任意保険)で対応して問題はありませんが、安心して治療を続けるためにも治療費は労災保険を使って治療をすすめた方が良いとお伝えしました。

それでは、今回は「実際に労災で申請する際の実務」についてご説明いたします。

労災を申請する際の必要書類は?

①療養(補償)給付 【業務災害:様式第5号 通勤災害:様式第16号の3】
治療を受けた労災指定病院を経由して労働基準監督署に提出することにより、被災労働者は治療費を負担することなく治療を受けることができます。
労災事故が「業務災害」だったのか「通勤災害」だったのかで上記のように提出する書類の様式が異なりますが、いずれの場合も最初に受診した病院に書類の提出が必要です(院外薬局を利用した場合は、薬局にも同様の書類を提出します)。

また、初診以降に転院した場合は転院先の病院にも別の書類(業務災害:様式第6号 通勤災害:様式第16号の4)を提出しなければなりません。
※受診した病院が「労災指定病院でない場合」は、療養にかかった費用は自己負担し、あとから労働基準監督署へ請求(業務災害:様式第7号(1) 通勤災害:様式16号の5(1))しなければなりません。本人の負担にもなりますので被災労働者にはできるだけ労災指定病院で治療してもらうよう依頼しましょう。

②休業(補償)給付 【業務災害:様式第7号 通勤災害:様式第16号の6】
指定の様式の「療養担当者記入欄」に、医師から労働ができない状態であったことの証明をもらい、管轄の労働基準監督署に提出することで、休業(補償)給付を受給することができ、休業期間中の給与補填として平均賃金の60%が給付されます。※上乗せで特別支給金(平均賃金の20%)も支給されます。
休業期間が長期に渡る場合は、一カ月ごとの請求が一般的です。

③第三者行為災害届
被災労働者の労災が「第三者行為災害」に該当する場合は、①や➁の書類に加えて「第三者行為災害届」の提出が必要です。
こちらについては下記で詳細をご説明いたします。

第三者行為災害届

被災労働者の交通事故が下記の要件に当てはまる場合「第三者行為災害」として扱われます。

・第三者の行為によって生じたものであること
・第三者が被災者(または遺族)に対して損害賠償の義務を有していること

第三者行為災害が起きた時は、「第三者行為災害届」を管轄の労働基準監督署へ提出します。
第三者行為災害届の作成時は、被災者した労働者を「第一当事者」、被災する原因になった相手(事故の相手)を「第二当事者」とし、どんな状況で事故が起きたのかという詳細だけでなく、被災労働者および事故の相手が加入する自賠責保険・任意保険について記入する箇所や、すでに賠償を受けていないかなど、とても細かい内容を記載しなければなりません。

出典:厚生労働省ホームページ 第三者行為災害届(届その1)
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken06/dl/daisan-01.pdf

第三者行為災害届は届その1~届その4までの4枚1セットです。
交通事故の場合は、第三者行為災害届に「念書」「交通事故証明書」を添付して提出します。
※被災労働者が死亡している場合、示談が成立している場合や損害賠償を受けている場合など、ケースによって必要な添付書類が増えます。

★裏技紹介★

前回の記事で紹介した「一括対応サービス」を利用している場合、被災労働者の治療費や休業損害の賠償は「事故の相手が加入する任意保険の保険会社」がしますので、被災労働者が労災保険から治療や休業の補償を受けることになれば保険会社の賠償額が減ることになります。そのため、相手方の任意保険の保険会社は一般的に被災労働者が労災保険から補償を受けることに肯定的で、書類の作成をサポートしてくれる可能性があります。

第三者行為災害届の作成にはとても多くの情報が必要ですし、作成に慣れていない人には煩雑で時間を要する作業になりますので、相手方の担当者に作成をサポートしてもらえないか確認してみましょう!
※あくまでも作成サポートです。出来上がった書類の内容は必ず確認してください。

労災保険と自賠責保険(任意保険)の関係性

被災労働者は「労災保険からの労災保険給付」と「事故の相手からの損害賠償」の双方に対して受ける権利が発生するため「どちらを先行して受けるか?」を決定することができます。

労災保険からの給付を先行して受けることを「労災先行」
自賠責保険等からの保険金を先行して受けることを「自賠先行」と言いい、

どちらを先行して受けたとしても、同一事由の事項について二重に補填されることがないよう労災保険と第三者からの損害賠償とで「支給調整」が行われます。
支給調整は労災保険(政府)が行うため、労働基準監督署に支給調整に必要な情報(第三者行為災害届)を提出する必要があります。

支給調整とは?

労災保険を先行した場合と、自賠責保険等を先行した場合で行われる支給調整は異なります。

労災先行の場合

労災保険を先行した場合に行われる支給調整を「求償」と言います。

求償
被災労働者が損害賠償よりも先に労災給付を受けた場合(下図の➂)、政府は被災労働者が第三者に対して有する損害賠償権を代位取得し(下図の④)、取得した損害賠償請求権を第三者に対して行使します(下図の⑤)。 

被災労働者の負った損失(治療費や休業による収入減)を最終的に補填するべきなのは「第三者=加害者(過失割合に関わらず事故の相手)」です。労災保険からの給付を受けた場合、本来は第三者が支払うべきものを労災保険が肩代わりした状況になっていると考えられるため、労災保険の給付額に相当する額を第三者(相手が加入している保険会社など)から返してもらうという制度です。

出典:厚生労働省 第三者行為災害届のしおり
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040324-10.pdf

例えば…
労災先行で「療養(補償)給付」を受けた場合、本来は加害者が賠償しなければならない「治療費」を労災保険が肩代わりしている状況ということになるため政府(労働基準監督署)が第三者に対して「求償」します。

自賠先行の場合

自賠責保険等を先行した場合に行われる支給調整を「控除」と言います。

控除
被災労働者が第三者から先に損害賠償を受けた時は、政府はその価額の限度で労災給付をしません。

被災労働者がすでに第三者から損害賠償を受けている事由(下図の➁)に対し、さらに労災保険からの給付を受けると一つの損害に対して二重に補填されていることになり、被災労働者に利益が生じることになってしまいます。損害の二重補填という不合理を避けるために、労災保険給付からは同一事由で先に支払われた損害賠償額を控除して支給する(下図の④)、という考え方です。

そのため自賠先行を選択した場合は、自賠責保険等からの賠償額を控除したうえで、さらに労災保険から保険給付すべき金額がある場合のみ、労災保険から給付が受けることができるため、下図の④では支給(控除)が点線となっています。
労災保険からの給付は「自賠責保険等からの賠償が行われた後」にしか受けることができませんので、労働基準監督署は保険会社に賠償の内容や金額等について確認をとり、労災保険から給付すべきかどうかの審査を経たうえで、差引調整した金額を給付する、という流れになります。

出典:厚生労働省 第三者行為災害届のしおり
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040324-10.pdf

支給調整の対象になる同一事由の給付は下記のようなものです。

出典:東京労働局ホームページ 労災保険給付と損害賠償項目の対比表
https://jsite.mhlw.go.jp/tokyo-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/rousai_hoken/ro-3.html

例えば…
自賠先行で「休業損害」を自賠責保険等に請求した後に、労災保険の「休業(補償)給付」の請求を行ったとしても、同一事由であるため自賠責保険からの賠償が完了するまでの間は労災保険からの給付はありません。自賠責保険からの休業損害を受け取った後に、労災保険から給付されるべき金額がある場合は、差引調整された休業(補償)給付が行われます。


自賠責から労災への切り替え

自賠責保険を先行して治療していた場合でも

・任意保険に加入していない相手との事故で、自賠責保険の限度額を超えてしまった
・治療が必要な症状が残っているのにも関わらず、相手の保険会社に治療を打ち切られてしまった

上記のようなケースの場合、自賠先行から労災保険に切り替えることができる可能性があります。

【自賠責先行から労災保険へ切り替える際に必要な手続】
①療養(補償)給付の請求書を受診している病院を経由して労働基準監督署に提出(労災指定病院の場合)
➁第三者行為災害届を管轄の労働基準監督署へ提出 

届出された労働基準監督署は、第三者行為災害届に記載されている保険会社や病院に状況等を確認し、療養の必要性についての審査を経て給付を行います。
「療養の必要性」があるかどうかが重要なポイントです。
労災保険では、症状が回復し、健康時の状態に完全に戻った状態だけでなく、「症状が安定し、医学上一般に認められた医療を行ってもその医療効果が認められなくなった状態」も症状固定(治ゆ)として扱われます。症状固定後は療養の必要性がないと判断され、療養の給付が行われないため、治療費を労災保険に切り替えることができませんのでご注意ください。

請求先は1つに絞らないといけないのか?

答えはNOです。
例えば、療養と休業は違う事由のため療養(補償)給付は労災から、休業損害は自賠責保険からなど、項目によって請求先を変えることができます

また、前掲の対比表に記載のない「労災保険の給付対象外」のものは支給調整の対象にはなりません
・慰謝料
・車両の修理費
・義肢の費用    など

さらに、労災給付に上乗せして支給される特別支給金についても支給調整の対象から外れています。
※特別支給金は、「社会復帰促進等事業」の一環で行われる給付です。
 休業(補償)給付や、遺族(補償)給付など9種類の労災給付に上乗せで支給されます。
 休業(補償)給付の場合は、平均賃金の20%分が特別支給金として給付されます。

項目によって請求先を変えることができるため、自賠先行で自賠責保険(任意保険)から休業損害を受けていたとしても、特別支給金のみ労災保険に請求することができますし、労災先行で療養や休業の給付を受けた場合も、自賠責保険へ慰謝料などを請求することが可能です。

示談には要注意!

被災労働者と第三者の間で「示談」が成立し、被災労働者が示談額以外の損害賠償の請求権を放棄した場合、示談成立以後は労災保険の給付は行われません
たとえば、労災保険へ請求を行う前に示談(示談額以外の損害賠償について請求権を放棄する旨の示談)が真正に成立してしまっている場合、思っていたよりも治療や休業が長引き示談額以上の費用がかかってしまったとしても労災保険からは一切の給付を受けることができません。
相手がいる労災事故の場合は、安易に示談をしないようご留意ください。
また、示談を成立させる前に管轄の労働局や労働基準監督署に相談することをおすすめいたします。

最後に ~Watabeの経験から~

私は、前職の業務で運転中に信号待ちで停車していたところ、後ろの車から追突されたことがあります。突然の衝撃に何が起きたのか分からず、とにかく驚きましたし、どう対応したらよいのか分からず焦りましたが、自社の車両担当者がテキパキと指示をくれたのでその後は落ち着いて対応ができました。

到着した警察官に「救急車を呼んで搬送する」と言われたのですが、その時は痛いところもなく元気だったので遠慮すると「事故当日に行かずに、後でケガや体調不良が現れると揉める原因になる。今行っておいた方が良い」と強く説得され、しぶしぶ救急車に乗り込みました。

相手の運転手も業務中だったため、私が診察している間に両社の担当者がやり取りをしていて、治療費は相手の会社が加入している保険を使うことが決まっていたので、相手の任意保険会社の担当者が窓口になり、その後のやり取りを行うことになりました。

当日は元気だったのですが、事故から数日たったある朝、突然首に痛みが走りまったく曲げることができなくなってしまい、整形外科を受診したところ「むち打ち症」と診断されたので、担当者に連絡を入れ通院が始まりました。
任意保険のサービスを利用できたので自己負担なく通院することはできたのですが、治療開始から数か月経った頃、保険会社の担当者から治療の状況や体の調子などを確認する連絡が頻繁に入るようになり、直接的に「打ち切り」とは言わないものの、日を増すごとに強くなる「治療を打ち切りたい感」は、まるで自分が保険金欲しさに病院に通っている人だと言われているような気がして、電話がかかってくるたびに「出たくないなぁ」と気が重かったです。

当時のことを振り返ってみると、「労災保険を使うかどうか?」の話が出た記憶がありません。
私自身も労災の知識が不足していた部分もありますが、自社の車両担当者は「交通事故のケガ=相手の保険を使って治療」という認識しかなく、そもそも労災保険を使うという選択肢が思い浮かんでいなかったのではないかと、今にして思います。
私の場合は、たまたま「自身の過失割合が0」「大けがではない」「相手が任意保険に加入している」という条件が重なっていたので、症状が固定するまで治療を受け続けることができましたし、慰謝料などの賠償も受けることができました(打ち切り打診のストレスはありましたが…)。しかし、それは運良く労災保険を使用しなくても問題ないケースだっただけで、自社の労働者の過失割合が高いケースや、事故により大けがをするケースも十分に起こり得ることだと思います。

交通事故が労災だった時の対応について、会社で車両や保険の担当をしている人や、労災などの事務を担当している人は、事前に知識を持っている必要があるな…と実体験から強く感じています。

3部に分けてのご説明になってしまいましたが、少しでもお役に立てれば幸いです。

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