交通事故が労災だったら?~事故発生の一報からの流れ②~
Noppo社労士事務所のWatabeです。
前回は、労働者から交通事故の一報があった際に確認しておくべき事項と、被災労働者の治療費は「労災保険」または「事故相手が加入している自賠責保険(任意保険)」に請求することができるとお伝えしました。
請求先の選択をするときに重要になるのが「事故相手が加入している保険」と「被災労働者の過失割合」です。
今回は、ケースによって異なる請求先の選択 についてご説明いたします。
自賠責保険と任意保険の仕組みについて
請求先の選択についてお伝えする前に、まずは自賠責保険と任意保険の仕組みについてご説明いたします。
自賠責保険とは
自賠責保険(自動車損害賠償責任保険)とは、すべての自動車(バイク)に「加入が義務付けられている強制保険」で、加入していない車両は公道を走行することができません。
自賠責保険の主な特徴は「自動車事故の被害者救済」を目的とし、補償の対象は「対人事故のみ」であり「事故相手に対する補償のみ行う」という点です。
事故相手の治療費や休業に対して賠償はできますが、事故を起こした車両の所有者自身の治療や被害者・加害者双方の車両の損害(物損)などについては対象外です。
また、支払限度額が決まっているため(傷害120万円、死亡3,000万円など)自賠責保険でまかなえなかった賠償額については任意保険でカバーする、または加害者(所有者自身)が負担しなければなりません。
任意保険(自動車保険)とは
任意保険とは「自賠責保険では補償されない部分をカバーするために任意で加入する保険」で自動車保険とも呼ばれます。
任意で加入する保険なので、契約内容によって補償が受けられる対象や金額が異なります。
契約している内容によって、事故の相手の傷害や死亡だけでなく、相手の車両や運転者自身のケガ、車両についても補償されることがありますので、交通事故が起きた時は契約内容の確認が必要です。
自賠責保険と任意保険の関係
自賠責保険は法律で加入が義務付けられているので、どの保険会社で加入しても保険料と補償内容が同じです。そのため購入時や車検の際にディーラーや車検専門店、整備工場などでそのまま手続きを行うケースが多くあります。
一方、先にも述べている通り任意保険は様々な保険会社の中から契約者が選んで加入するので、自賠責保険の保険会社と任意保険の保険会社が異なる、というのはよくある話です。
自賠責保険と任意保険の会社が異なっていると、本来であれば事故の相手が加入するそれぞれの保険会社に保険金を請求しなければなりません。しかし、それでは手続きが煩雑で被害者保護に欠けることから「一括対応」というサービスがあります。
※法律で定められた制度ではなく、任意保険会社のサービスの一環です。「任意一括対応」や「一括払い」等とも呼ばれます。
任意保険会社が、自賠責保険からの損害賠償額を含めた金額を一括して支払い、後から自賠責保険に求償を行う、というサービスです。
そのため、事故発生後は「事故の相手が加入している任意保険の保険会社」が窓口となり連絡を取り合うことになります。
※事故相手との窓口を担うのは、被災労働者が加入する任意保険の保険会社です。
ただし、相手の任意保険の会社がサービスで行っている対応なので、一括対応は必ずしも使えるとは限りません。一般的に過失割合が40~50%以上あるときは一括対応サービスの使用を拒否される可能性が高いと言われています。その場合は、相手の自賠責保険と任意保険の会社にそれぞれ請求することになります。
また前回お伝えした「任意保険の会社が治療費を病院に払ってくれる」というケースもこのサービスを利用したものです。相手が任意保険に加入していない場合と、被災労働者の過失割合が40~50%以上で一括対応サービスが使えない場合は、自己負担で治療を受け、事故解決後に保険金として支払われるということになります。
過失相殺
説明が分かりやすいように「被災労働者=Aさん」「事故の相手=Bさん」と設定してご説明いたします。
交通事故が起きた時、AさんのケガはBさんの自賠責保険(任意保険)から、BさんのケガはAさんの自賠責保険(任意保険)から補償します。
つまり、お互いが自身の加入する保険を使って相手の損害を補償し合う、という図式です。
そのため、過失割合によっては賠償額が減額される可能性があります。
例えば、Aさん60%:Bさん40%の過失割合でAさんの損害額が400万円の場合
Aさんの損害に対しBさんは400万円を賠償する立場ではあるものの、Bさんが悪いのは40%です。
事故が起きた原因の60%はAさんにあるので、損害を公平に分担するために、Bさんが賠償するべき金額からAさんの過失分(60%)を差し引きます。
この調整を「過失相殺」と言います。
上記の例だと、Bさんは本来の賠償額400万円からAさんの過失分(240万円)を差し引いた160万円を賠償額として支払うことになります。
自賠責保険の支払限度額(120万円)までは自賠責保険から賠償が行われ、不足した部分(40万円)を任意保険でカバーします。
※Bさんが任意保険に加入していない場合、40万円分は保険が使えませんのでBさんは自腹で賠償しなければなりません。
自賠責保険の過失相殺
自賠責保険は「被害者救済」を目的としているため過失割合が70%未満であれば過失相殺は行われません(賠償額の減額がありません)。
例えば、Aさん50%:Bさん50%の過失割合でAさんの損害額が150万円の場合
過失割合を考慮するとAさんが受け取れる賠償額は150万円の50%(75万円)になります。
しかし、自賠責保険は70%未満の過失であれば相殺がありませんので、結果的に自賠責保険から120万円が支払われます。
つまり、過失相殺前の賠償額が120万円以上で過失相殺後の賠償額は120万円を下回る場合でも、過失割合が70%未満であれば結果的には自賠責保険から120万円が支払われるということです。
※過失割合が70%以上の(重大な過失があるとみなされる)場合は「傷害にかかるものは20%」「死亡や後遺障害にかかるものは過失割合に応じて20~50%の段階的に」支払い上限が減額されます。
請求先の選択
ここで、「被災労働者の治療費をどの保険に請求するか?」という問題に戻り、ケースによってどちらを選択したほうが良いかをご説明いたします。
被災労働者の過失割合が高いとき→労災保険
自賠責保険や任意保険と違い、労災保険には「過失相殺」がありません。
そのため、被災労働者側の過失割合が高かった場合、治療や休業について労災保険から補償を受けていれば過失によって減額される(治療や休業補償を受けられない)という事がありませんので、労災保険を使って治療を進めることおすすめします。
治療が長引きそうなとき→労災保険
労災保険を使わずに治療をした場合、被災労働者の治療費や休業損害は「事故の相手が加入する保険」から支払われます。
つまり、労働者の治療や休業が長引けばその分だけ相手の保険会社が支払う保険金が大きくなるという事です。
そのため、一定期間治療をした後は「そろそろ治療を打ち切りませんか」と交渉の連絡が来る可能性があります。
もちろん、治療が終わっていないのであれば相手の提案を飲む必要はないのですが、「治療をやめませんか」という電話がかかってくること自体が負担に感じる人も多いと思います。心の負担のことも考え、被災労働者の治療が長引きそうな場合は労災保険で治療を進めることをおすすめします。
さらに、労災保険には自賠責保険のように「支払限度額」がありません。
途中で治療が打ち切られる心配がありませんので、長期で治療が必要になることが予想されるときは、労災保険を選択しましょう。
相手が任意保険に加入していないとき→労災保険
交通事故が労災の場合、健康保険を使えないため「自由診療」での受診となります。
自由診療は保険点数1点当たりの金額を病院が任意で決めることができるので、労災保険や健康保険を使って治療を受ける時よりも治療費が高くなるのが一般的です(健康保険の場合は1点10円、労災の場合は1点12円)。
自賠責保険は強制保険ですので、原則的に車を所有している場合は必ず加入していますが、前述のとおり「最低限の保険」のためケガの場合は治療費や慰謝料、休業損害を含めて120万円が支払いの限度額です。
自由診療で治療を続けると、治療費だけで120万円に達してしまうこともあり、休業損害や慰謝料を請求できない…という事態が起こる可能性があります。
任意保険に加入している相手であれば、賠償額が自賠責保険の限度額を超えた場合でも任意保険から不足分が支払われますが、任意保険に加入していない場合は事故の相手本人が自腹で補償しなければなりません。
しかし、自賠責保険しか加入していない人は「対応が不誠実」であったり「金銭的な補償能力がない」という事が往々にしてあり得ますので、労災保険を使って治療することをおすすめいたします。
また、前述のとおり相手が任意保険に加入していない場合は「一括対応のサービス」が使えません。治療にかかる費用は、最終的に賠償額が確定するまで自己負担しなければならないという点からも、労災保険での治療をおすすめいたします。
さらに、運悪く相手の車が「車の車検が切れていて自賠責保険も切れてしまっていることを忘れていた」「故意に自賠責保険を更新をしていない」などの「無保険状態」であればなおのこと、労災保険で治療を行ってください。
相手が無保険では、治療や休業に対する十分な補償が受けられない可能性が非常に高いです。費用の心配をすることなく安心して治療をするためにも労災保険を使って治療を受けましょう。
過失割合が低く、ケガも軽い場合→自賠責保険でも問題なし
被災労働者の過失割合が低く、ケガも軽いため通院が長期にならない場合などは、労災保険を使わずに治療を進めても問題ありません。さらに、相手が任意保険にも加入していれば治療に数か月かかった場合であっても十分な補償が受けられますのでより安心です。
ただし、ケガをした当日に「どのくらいの期間治療が必要になるのか?」が分かりにくいのが交通事故の怖さです。交通事故での負傷はほとんどが「むち打ち症」で、レントゲンやMRI検査で異常所見がないにも関わらず症状が持続することが多いのが特徴です。また、事故の当日ではなく後になってから症状が重く出るという事もあり得ますので注意が必要です。
ここまでご説明してきて、私は「治療費は労災保険に請求した方が良い」と結論づけたいと思います。
交通事故は、様々なケースがあり一概に「これが良い」とは言いにくい部分もありますが、治療費に「労災保険を使わないデメリット」はあっても「労災保険を使うデメリット」はあまり考えつきません(事務手続きの手間くらいでしょうか…)。
ただ、治療費などが自賠責保険の限度額(120万円)に収まる、あるいは限度額を超えてしまったとしても、相手が任意保険に加入していて十分な補償が受けられるのであれば、労災保険は使わずに自賠責保険(任意保険)から補償を受けても問題はありません。「事故当日にはどのくらい治療が続くことになるのかを判断することが難しい」という点を考慮したうえで、状況をみながらどちらを選択するか判断していただければと思います。
次回は「労災で申請するときの実務」についてお伝えします。
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