事業主の証明による被扶養者認定の円滑化について

Noppo社労士事務所のTomoishiです。

厚生労働省による、いわゆる「年収の壁」問題への対策として、支援強化パッケージの詳細が公表されました。

今回問題となっている「年収の壁」とは、配偶者や親など家族の扶養に入ってパート・アルバイトで働く人が、一定の年収を超えることで扶養から外れ、社会保険料の負担が生じて手取り収入が大きく減少してしまう境目の年収額を指します。

スーパーなどパートタイムで働く人を多く雇用する企業では、年収を扶養の範囲内に収めるために働く時間を減らすこと(就業調整)が人手不足の大きな要因となっていました。こうした就業調整による人手不足に対応するため、短時間労働者が「年収の壁」を意識することなく働くことができる環境づくり支援として打ち出されたのが、「年収の壁・支援強化パッケージ」です。今回の措置によって、これまで扶養の範囲内で働くためにシフトを減らさざるを得なかった人が、企業の人手不足の時期に収入を気にせず働いてもらいやすくなることが狙いです。

「年収の壁・支援強化パッケージ」では、106万円の壁への対応策と130万円の壁への対応策の2種類がありますが、ここでは130万円の壁に対する対応策(事業主の証明による被扶養者認定の円滑化)についてご説明いたします。

対象となる人、ならない人

130万円の壁への対応策は、労働時間の延長等に伴う一時的な収入変動によって年収が130万円を超えても、事業主の証明により原則連続2回まで扶養から外れないようにする、というものです。※本記事では被扶養者となる家族の年収を130万円としていますが、被扶養者の年齢が60歳以上または障害者の場合は年収180万円となりますので、読み替えてお読みください。
一時的な収入変動の要因としては、下記のような事例が挙げられています。

【対象となるケース】

・時間外勤務(残業)手当や臨時的に支払われる繁忙手当等の支給による一時的な収入増加

・事業所の他の従業員の退職や休職などにより、労働者の業務量が増加したケース

・事業所の業務の受注が好調だったことにより、事業所全体の業務量が増加したケース

・突発的な大口案件により、事業所全体の業務量が増加したケース

就業調整とは、年収の調整を目的として行われる都合上、年末(特に12月)にまとめて行われることが多いものです。そのため、冒頭でも例として挙げたように、スーパーなどのパートタイムで働く人を多く雇用する企業では繁忙期の年末商戦の時期に人手不足で悩んできましたが、今回の措置によって扶養から外れてしまう心配をせずに繁忙期に働いてもらいやすくなるのではないかと期待されています。

ただ注意していただきたいのが、今回の措置はあくまで上記で述べたような職場の人手不足に対応するために労働時間が延びてしまうなどの理由で被扶養者の収入が年130万円(月108,333万円)を超えてしまった場合の措置であるということです。そのため、下記のようなケースは対象外となります。

【対象外となるケース】

・もともと年収130万円ギリギリで働いていた方が、基本給が上がったり新しく手当が追加されたことで130万円を超えるようになってしまった場合

・これからパートアルバイトとして働く人で、雇用契約書の内容がそもそも年収130万円以上になるような内容の場合

・被扶養者自身が、勤務先で社会保険の加入要件を満たした場合

つらつらと箇条書きが並んでいるだけではわかりにくいと思いますので、具体例を挙げてみたいと思います。
以下の例はいずれも、「週労働時間がフルタイムの3/4以上であること(フルタイムの週労働時間が40時間の場合、週に30時間以上働くこと)」が社会保険加入の条件である会社で働くパート・アルバイトの方を想定しています。

①週20時間、時給1,200円で働いていた人が、労働時間はそのままで時給1,280円に昇給した場

パート・アルバイトなどの時給制の場合、年収は「週所定労働時間×1年間(52週)×時給」で計算します。

(昇給前)20時間×52週×1,200円=1,248,000円/年 年収で約125万円
  ↓
(昇給後)20時間×52週×1,280円=1,331,200円/月 年収で約133万円

このケースでは、昇給後の契約内容がもともと年収130万円を超えてしまうものになっているので、一時的な収入変動には該当しない=扶養に留まることはできない、ということになります。

②週24時間、時給1,120円の契約で新たに人を雇う場合

24時間×52週×1,120円=1,397,760円/年 年収で約140万円

このケースも、入社時の契約内容がすでに年収130万円を超えてしまうものになっているので、扶養に留まる又は入ることはできない、ということになります。

これまでも加入している健康保険組合等の判断によって、一時的な収入増加であれば過去の給与などを勘案して扶養に留まることができるケースがありました。今回の発表は、一時的に政府としてその取扱いをはっきりと認め、よりスムーズな被扶養者の認定が行われることを目的としたものであり、年間収入の見込みが130万円を超えることが確実な人も扶養に留まることができるようになったわけではないということについて、注意が必要です。

スムーズな被扶養者の認定を目指すという今回の措置の目的を考えると、被扶養者の収入確認の際に事業主の証明以外の書類の提出を求められる可能性はそれほど高くないと思いますが、保険者によっては事業主の証明の他に契約書の提出も求められることは十分あり得ます。その時、上記のように対象外となるケースに該当している場合は、被扶養者の認定を受けられなかったり、取り消されたりする可能性がありますので、パート・アルバイト労働者の方には、自分が本当に今回の措置の対象者なのかどうか事前に確認しておくことをお勧めします。

※「年収の壁・支援強化パッケージ」の内容は、いわゆる「年収の壁」の当面の対応として導入するものであり、今後、制度の見直しが予定されています。

一時的な収入変動の範囲

どういった人が対象になるのかがわかると、次に気なってくるポイントは年収130万円からどの程度までなら収入が増加しても問題ないのかという点だと思います。しかし、今回の措置において、一時的な収入変動と認められる具体的な上限額については定められていません。
というのも、仮に上限を設けてしまうと、その上限額が新しい「年収の壁」になりかねないからです。また、一時的な事情によるものかどうかは収入金額のみでは判断することができないというのも、理由の一つです。

最終的には各保険者の判断によって扶養に留まることができるかどうかが決まることになりますので、上限額がないからと言って際限なく収入を増やしてしまわないようにご注意ください。

連続2回までとはどのようにカウントするのか

これまで何度も書いてきていますが、今回の特例措置はあくまでも一時的な収入変動による事情を勘案して被扶養者の認定を行うことが目的です。そのため、事業主の証明を用いて一時的な収入変動である旨を証明することができる回数に限度が設定されており、同一の被扶養者については原則として連続2回までが上限として適用されています。
このことから、「事業主の証明をもらうことができれば2年までなら130万円以上を超えても扶養に入っていられる」という正確ではない情報を耳にした方も多いのではないでしょうか。

たしかに、一度被扶養者として認定された者については、少なくとも年一回は保険者が被扶養者の要件を引き続き満たしていることを確認することが望ましいとされているため、協会けんぽなど被扶養者の収入確認を年一回実施する保険者に加入している場合は連続2年まで、今回の措置を適用することができます。ただし、どのような人でもこの特例措置の対象となるわけではないことは、これまでご説明した通りです。

また、健康保険組合等によっては被扶養者の収入確認の頻度が年一回ではなく、毎月行っているところもあります。このように年一回と異なる頻度で被扶養者の収入確認を行っている保険者については、連続2回をどのようにカウントするのか個別に保険者への確認が必要となります。

配偶者手当(家族手当・扶養手当)と就業調整

ここまで見てきて、「それじゃあ、うちでも人手不足に対応するためにパート・アルバイトの人にもっと勤務してもらおう」と思った事業主や、「扶養から外れる心配がないなら、今年の年末はもう少しシフトに入ろうかな」と思ったパート・アルバイト労働者の方も多いかもしれません。しかし、一つだけ注意して頂きたい落とし穴があります。それが、配偶者手当や家族手当、扶養手当と呼ばれる手当の存在です。

例えば配偶者(妻)を扶養に入れている場合、配偶者手当や家族手当等の名称で夫の会社から手当が支給されていることもあります。手当の名称や金額は会社によって様々ですが、注意が必要なのはその支給条件です。もし支給条件の中に配偶者の年収要件が定められていた場合、手当の支給が停止してしまう可能性があります。

これはなぜかというと、今回の特例はあくまで、社会保険上の扶養の認定にのみ適用されるものだからです。そのため、もし配偶者手当の支給条件に「配偶者の年収が130万円未満であること」と定められていた場合、一時的な収入増加によって妻の年収が130万円を超えてしまうと、事業主の証明によって妻は社会保険上の扶養からは外れない(自分で健康保険に加入する必要はない)けれども、夫は会社から配偶者手当を受け取れなくなります。

場合によっては、一時的な収入増加の金額よりも配偶者手当の年間支給額の方が多いので、年収が配偶者手当の支給要件を超えないように就業調整を続けたいという労働者もいるでしょう。国としても配偶者手当が就業調整の一因になってしまっている現状を把握しており、今回の特例措置の発表と同時に「配偶者手当の見直し」も呼びかけていますが、すぐに対応できる会社ばかりではないと思います。

就業調整をやめることで配偶者手当をもらえなくなる可能性についてまで会社が気にするべきかというと、そこまでする必要はないかもしれません。しかし、今回の特例措置が適用されるとしても一部の人は就業調整を続ける可能性があることを、事業主やシフト管理を行う責任者の方たちは頭の片隅に覚えておいていただければと思います。

事業主証明様式の内容

今回の特例措置適用にあたっては、厚生労働省から「事業主の証明書」の様式が公開されています。従業員から「事業主の証明書」を書いてほしいと依頼された時にどのような点を確認すべきなのか、実際に公開された書式を見てみましょう。

出典:厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/001159348.pdf

労働者から受け取った際に会社が記載するのは、【被扶養者を雇う事業主の記載欄】(画像の赤で囲った部分)です。

事業所所在地・事業所名称・事業主氏名・電話番号・雇用契約等により本来想定される年間収入については、会社ですぐに確認できる部分だと思います。
事業主や事務担当者の方が悩むのは、「人手不足による労働時間延長等が行われた期間」と「上記期間における当事業所での労働による収入額(実績額)」の部分ではないでしょうか。

労働時間延長等が行われた期間というのは、いつからいつまでの間のことを証明すればよいのだろうか。今年の1月から12月の間のことか、それとも今年度(今年の4月から来年の3月)の間のことか。
また、たとえば11月に証明を記載するように頼まれたけれども、12月についてはどれだけシフトに入ってもらうかまだわからない。この場合の収入額は見込みで計算して記載すればよいのか、それとも実績額というからには確定した金額だけ記載すべきなのか……etc.

残念ながら、この辺りの細かい運用方法や記載内容については厚生労働省のQ&Aにも詳しいことは記載されておらず、各保険者の判断によるとされています。

まずは、書類を持ってきたパート・アルバイト労働者(被扶養者)に、どの期間について記載すればよいのかを確認してください。もし労働者自身も分からないという場合は、労働者を扶養している家族(被保険者)を通じて、加入している保険組合や共済組合に確認してもらうようにしましょう。

まとめ

今回の期間限定の特例措置によって、年間収入見込みが130万円未満となるような契約で働いている人は、一時的な収入増加であると事業主が証明すれば年末などに就業調整を行わなくても働くことができるようになり、年収の壁を気にすることなく働くことができるようになりました。企業としても、繁忙期や人手不足の時期に「もう少し働いてくれないか」と労働者にお願いしやすくなるのは確かだと思います。

しかし、パート・アルバイト労働者を雇用している企業からは見えない配偶者手当などの存在が就業調整の一因となりうるため、パート・アルバイト労働者の全員が就業調整から脱却できるわけではありません。

また、この記事の対象外となるケースでご紹介したように、昇給による収入の増加は今回の特例措置の対象外となります。そのため、長く働いていて経験豊富な労働者に報いようと昇給してしまうと、収入が扶養の範囲を超えないように労働時間を短縮せざるを得ず、結果ベテランほど長時間働くことができないという矛盾を抱えてしまうという課題に対しては対応できていません。

色々と注意点もある今回の特例措置ですが、今後自社の従業員から問い合わせが増えてくることになるのは間違いありませんので、今回の記事が制度について知りたいと思っている方のお役に立てば幸いです。

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