海外滞在中に病院にかかった場合~海外療養費制度について~

Noppo社労士事務所のTomoishiです。

新型コロナの感染症法上の位置づけが5類に移行して数か月。行動制限のない夏を迎え、自粛していた期間を取り戻すかのように外出・旅行に行く人が増えてきています。先日友人と鎌倉に行った際も、じりじりと照り付ける日差しとうだるような暑さの中にもかかわらず大勢の観光客でにぎわっていて、人多すぎ……こんなに暑いのにみんな元気だな……と遠い目になりました。なかには日本人だけでなく外国人観光客と見受けられる人たちもかなりいて、国同士の行き来は回復しつつあるのだな、と感じる機会も増えています。

こんな風に国内での人の動きが活発になって国同士の往来が活発になってくれば、当然、日本から海外旅行に行く人も増えてきているでしょう。旅行目的だけでなく、出張で海外に行くという人もいるかと思います。海外滞在中はもちろん何事もないのが一番ですが、もし、急な病気やけがなどによってやむを得ず現地の病院で受診した場合、治療費はどのように支払うかご存知でしょうか?

海外の病院では日本の保険証は使用できません。そのため、一旦治療費の全額を現地で支払い、後日協会けんぽや健康保険組合など会社が加入している健康保険の保険者に請求することになります。
このように、海外旅行中や海外赴任中に急な病気やけがなどにより、やむを得ず現地の医療機関で診療等を受けた場合、申請により一部医療費の払い戻しを受けられる制度を海外療養費制度といいます。

みなさんもあまり使ったことのない制度ではないかと思いますので、今回は協会けんぽの海外療養費制度についてご説明いたします。組合健保や国保組合の場合であっても、制度の基本的な部分に違いはありませんので、ぜひご一読ください。

給付の範囲について

給付の支給対象

海外療養費の支給対象となるのは、日本国内で保険診療として認められている医療行為に限られます。

そのため、美容整形やインプラントなど、日本国内で保険適用となっていない医療行為や薬が使用された場合は支給対象となりません。
療養(治療)を目的で海外へ渡航し診療を受けた場合や、日本で実施できない診療(治療)を行った場合も支給対象外です。
※ただし、特定の条件を満たした場合は臓器移植も対象となります。

また、傷病の原因が業務中又は通勤途中によるものである場合は、健康保険ではなく労災保険の対象となります。
※労災保険の場合、被災した方が海外出張者なのか海外派遣者なのかによって、国内の事業場の労災保険の対象になるのか、それとも特別加入の手続きが必要となるのかが変わってきますが、今回のテーマは海外療養費のためこちらの詳細については割愛させていただきます。

出典:協会けんぽ https://www.kyoukaikenpo.or.jp/~/media/Files/honbu/g2/cat230/kenkouhokenkyuufu/k_ryouyouhi_kaigai_guide2304.pdf

支給対象者

被保険者はもちろん、被扶養者も支給対象です。
被扶養者の方の治療費について海外療養費を請求する場合も、支給金額の計算方法や提出書類等、制度の内容は変わりません。ただ、後述の提出書類に記載する受診者や療養を受けた者の氏名等が、実際に治療を受けた被扶養者の方のお名前になります。

支給金額について

日本の医療費の自己負担相当額は3割です。では、海外療養費を請求すれば、実際に海外で支払った金額の7割が支給されるのかというと、そうではありません。

海外療養費制度では、日本国内の医療機関等で同じ傷病を治療した場合にかかる治療費を基準に計算した額と、実際に海外で支払った額とを比較して少ない方の金額から、自己負担相当額(患者負担分、原則3割)を差し引いた額が支給されます。
※70歳以上の方の場合、自己負担相当額の割合が3割ではない方もいらっしゃいますが、ここでは70歳未満の方を例として記載しています。

実際に海外で支払った額が7万円だったと想定して、具体的な数字で見てみましょう。

①同じ傷病を日本国内で治療した場合にかかる治療費が5万円だった場合
→日本国内での治療費の方が少ないので、5万円から自己負担相当額3割(15,000円)を差し引いた金額が支給されます。
 例:50,000円 - 15,000円=35,000円 が支給。
   実際の自己負担額は、70,000円 - 35,000円=35,000円 になります。

②同じ傷病を日本国内で治療した場合にかかる治療費が9万円だった場合
→海外での治療費の方が少ないので、7万円から自己負担相当額3割(21,000円)を差し引いた金額が支給されます。
 例:70,000円 - 21,000円=49,000円 が支給。
   実際の自己負担額は、70,000円 - 49,000円=21,000円 になります。

また、外貨で支払われた医療費については、支給決定日の外国為替換算率(売レート)を用いて円に換算して支給金額を算出します。

ちなみに、民間の海外旅行保険や駐在保険などから保険金を受け取った場合も、海外療養費は減額等の調整は行われません。

支給金額に関する注意点

日本は国民皆保険制度を採用していますが、海外では自由診療のところも多く、医療費は高額になる傾向にあります。医療体制や治療方法等の違いから、海外で支払った総額から自己負担相当額を差し引いた額よりも、払い戻される金額が大幅に少なくなる可能性があるということを念頭に置いておきましょう。

提出書類について

給付の対象範囲や支給金額の注意点はご確認いただけましたでしょうか?次は、申請時の必要書類についてみていきます。

申請にあたっては現地でかかった医師に証明をもらう必要がありますが、帰国してから医師に記載してもらうのは難しいと思いますので、これから海外に行かれるという方は、下記様式のうち医師に証明してもらう書類である②と③を事前に印刷して持っていくことをおすすめします。
特に出張や旅行の場合は滞在期間も短いので、あらかじめ持参しておくことで、万が一医療機関にかかってしまった場合もスムーズに証明をもらうことができます。

【提出書類等】

①海外療養費支給申請書

②診療内容明細書(医科と歯科で様式が異なります)

③領収明細書

④領収書原本

⑤「②診療内容明細書」と「③領収明細書」の日本語訳
翻訳文には、翻訳者が署名し、住所および電話番号を明記します。翻訳アプリなどを使って申請者が自分で記入しても問題ありませんが、自分で翻訳した場合も翻訳者氏名等は必要ですので、忘れずに記入しましょう。

⑥受診者の海外渡航期間が確認できる書類(下記いずれか)
・パスポートのコピー(氏名・顔写真と当該期間の出入国スタンプのページ)
・査証(ビザ)のコピー(氏名と有効期限が記載されたもの)
・航空チケットのコピー(eチケット控えを含む)

⑦同意書
具体的な診療内容について、診療等を受けた医療機関に照会する場合があるため、療養を受けた方の同意書を添付します。
最近では色々な書類が押印省略されていますが、こちらは押印が必要な書類になります。
療養を受けた患者と被保険者が同じ場合、被保険者の署名欄には「同上」と記入します。この場合も、被保険者氏名欄の横の押印は必要です。

⑧その他(条件に該当する場合に必要)
〇ケガ(負傷)による申請の場合
 ・負傷原因届
〇第三者による傷病の場合
 ・第三者行為による傷病届
〇被保険者が亡くなられ、相続人の方が請求する場合
 ・被保険者との続柄がわかる「戸籍謄本」等
〇臓器移植による申請の場合
 ・日本臓器移植ネットワークの登録証明書の写し
 ・海外の施設に入院していた間の経過記録の写し
 ・臓器移植を必要とする被保険者等が「①レシピエント適応基準に該当し、日本臓器移植ネットワークに登録している状態であること、②国内での待期状況を踏まえると、当該患者が、海外で移植を受けない限りは生命の維持が不可能となる恐れが高いこと」について、臓器移植を受ける被保険者等の主治医(学会認定の移植認定医)が作成した海外の施設への紹介状の写しに、部門長又は施設長がサインしたもの

「④領収書原本」と「⑥受診者の海外渡航機関が確認できる書類」以外の書類については、協会けんぽのWEBサイトから様式をダウンロードすることができます。
※協会けんぽのページはこちら

ダウンロード可能な必要書類のうち、「②診療内容明細書」と「③領収明細書」は、同様の項目・内容が記載されていれば任意の様式を使用しても構わないとなっていますが、もし後から必要情報の抜け漏れに気づいた場合、再度現地の担当医に証明を書いてもらうには手間も時間もお金もかかりますので、協会けんぽが公開している様式を使用するのがおすすめです。

「②診療内容明細書」と「③領収明細書」は、1ヶ月ごと・受診者ごと・医療機関ごと・入院/外来ごとに1枚ずつ、それぞれの医療機関での証明が必要です。海外に長期間滞在する予定であれば、通院が長引いたり複数の医療機関を受診することに備えて、複数枚準備しておくとよいかもしれません。

提出先について

協会けんぽの場合、傷病手当金や高額療養費の請求、限度額適用認定申請書などは、会社の管轄の支部に提出します。しかし、海外療養費に関しては協会けんぽ神奈川支部で一括審査を行っているため、書類の提出先は協会けんぽ神奈川支部になります。
各支部へ提出した場合も神奈川支部へ回送されますが、審査には数か月ほど時間がかかる手続きになりますので、少しでも早く受給したいという方は、はじめから神奈川支部へ送付しましょう。

注意事項

海外赴任期間が1年以上になる場合、役所に海外転出届を出して住民票を除票するのに伴って日本国内の口座を解約しているケースもあるかと思いますが、海外療養費の支給は、海外への直接送金はできません。そのため、日本国内の口座がない場合は、事業主または日本在住のご家族に受け取りを委任することになります。
委任する場合は、療養費支給申請書の振込先指定口座に代理人の口座情報を記載し、受取代理人の欄を忘れずに記入して提出しましょう。
※ご本人の日本国内の口座があり、振込先にその口座を指定する場合は、受取代理人の欄は空欄で構いません。

また、海外療養費の時効は、海外で治療費の支払いをした翌日から2年です。2年が経過すると申請できなくなりますので、ご注意ください。

まとめ

海外旅行中や海外赴任中に急な病気やけがなどにより、やむを得ず現地の医療機関で診療等を受けた場合、海外療養費制度を使うことで一部医療費の払い戻しを受けることができますが、この制度にはいくつか注意点があります。

・一度全額を支払い、その後協会けんぽへ請求するため、一時的な負担が大きくなってしまうこと

・日本国内で治療した場合にかかる治療費を基準に計算するため、実際に支払った金額よりも払い戻される金額がかなり少なくなる可能性があること

・被保険者や医療機関等に照会することがあるため、審査に時間がかかること(審査に時間がかかるということは、入金までも時間がかかるということでもあります)

健康保険だけでは、もしもの際の高額な治療費に対応しきることは難しいと言えます。海外旅行や海外赴任の際は、民間の海外旅行保険や駐在保険などに加入することもしっかり検討しましょう。

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